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東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)233号 判決 1966年11月29日

原告 興産信用金庫

右訴訟代理人弁護士 鈴木重信

同 国分昭治

被告 株式会社アオキ

右訴訟代理人弁護士 菅谷幸男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金一四〇万円及びこれに対する昭和四〇年一一月一六日以降完済までの年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、被告は次に記載する約束手形(以下単に本件手形という)を振出した。

金額 一四〇万円

満期 昭和四〇年一一月一五日

支払地及び振出地 東京都中央区

支払場所 株式会社平和相互銀行馬喰町支店

振出日 昭和四〇年八月二日

振出人 株式会社アオキ(被告)

受取人 甲斐工建株式会社

二、原告は訴外甲斐工建株式会社から本件手形の裏書を受け、満期に支払のため支払場所に呈示したが支払を拒絶され、現にこれが所持人である。

三、仮に、本件手形が訴外福田和夫(旧姓青木)によって振出され、同人にこれを振出す権限がなかったとしても、次に述べる理由により民法第一一〇条もしくは第一一二条が適用されることとなるので、被告は本件手形の振出人としての責任を免れ得ないものである。

(一)  同人は、昭和三九年一月頃被告会社代表者青木淳の妹澄江と婚姻して氏を青木と改め(なお、後に離婚して復氏)、爾来被告会社の社員となったが、被告会社がいわゆる同族会社であったことと同年四月頃から被告会社の代理人としてその資金調達に関する一切の権限及び手形小切手振出の権限を授与されていたため、取引先の金融機関などから「常務」と呼ばれていたほどである。福田和夫が手形小切手振出の権限を有していたことは、同人が振出した被告会社振出名義の金額二八万八、二六六円、満期昭和四〇年一〇月三〇日、受取人千代田興業株式会社その他の記載のある約束手形について、被告において右手形金、全額を満期に異議なく支払っていることからも明らかである。<省略>

(二)  被告は福田和夫に対し、少くとも昭和四〇年四月までは被告会社名義の手形小切手振出の代理権限を授与していたものである。ところが、その後本件手形振出の当時、被告主張のように解雇その他の事由によって右の代理権限が消滅していたのであるとしても、原告は勿論のこと右振出行為の相手方で本件手形の受取人である訴外甲斐工建株式会社が右の消滅を知らず、かつそのことに過失はなかったので、このことを被告は右訴外会社及び原告に対して対抗できないのである。

四、よって原告は被告に対し、本件手形金一四〇万円及びこれに対する満期の翌日である昭和四〇年一一月一六日以降完済までの年六分の割合による法定利息の支払を求める。

と述べ、

証拠として<省略>。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁どして「請求原因第一項の事実は否認する。本件手形は、福田和夫が偽造したものである。同第二項の事実中、原告が訴外甲斐工建株式会社から本件手形の裏書を受けたとの事実は知らないが、その余の事実は認める。同第三項(一)の事実中、福田和夫が被告会社代表者青木淳と原告主張のような身分関係にあり、その社員となっていたこと及び福田和夫が原告主張の金額二八万八、二六六円の約束手形を振出し、被告においてその支払をしたことは認めるが、まず福田和夫が被告会社名義の手形小切手振出の代理権限を有していた事実はなく、同人は単に経理関係事務の担当者として帳簿への記帳などの外手形小切手の作成事務に従事していたのにすぎず、しかも経理事務の処理に不正な点があったので昭和四〇年四月に解雇されているものであり、又被告が右の金額二八万八、二六六円の約束手形を支払ったのは、これと全く同一の別の真正な約束手形を振出していたので(福田和夫はこの真正な手形と似せて右の約束手形を偽造したのである。)彼此混同し錯誤におちいってした結果である。更に本件の場合、訴外甲斐工建株式会社及び原告が福田和夫に本件手形振出の代理権がありと信ずべき正当の理は何もない筈である。同第四項(二)の事実中、被告が福田和夫に対し原告主張のごとき包括的な代理権を与えていたとの事実は否認する。」と答え、

証拠として、<以下省略>。

理由

請求原因第一項の事実即ち被告が本件手形を振出したとの事実については、これを肯認するのに足りるだけの証拠はない。しかし原告は、被告主張のように訴外福田和夫が本件手形を振出したのであるとしても、本件について民法第一一〇条もしくは第一一二条の適用があると主張するので以下この点について検討する。

一、福田和夫が昭和三九年一月頃被告会社代表者青木淳の妹澄江と婚姻し、氏を青木と改め、爾来被告会社の社員となったこと及び現在では離婚により復氏していることは当事者間に争いがない。

二、ところで、同人が被告会社名義の手形小切手振出の代理権を有していたかどうかの点については、証人福田和夫の証言によると、同人が経理事務を担当していたため、例えば支払関係の伝票が廻って来た場合にこれに基いて手形小切手を振出すことになっていたりしたことのほか、銀行等との資金借入の折衝に従事していたので、被告会社の単名手形で手形貸付を得られるような場合には、代表者の決済を得ずに被告会社名義の約束手形を振出した事例があったことが認められるけれども、以上は要するに同人が被告会社の事務の流れに沿ってこの範囲内で手形小切手の振出をしていたことを示すのに止まり、更に進んで同人が被告会社名義の手形小切手振出の包括的な代理権を授与されていたとの事実を認めることはできず、他にこの点を肯認させるだけの証拠はない。なお、原告主張の金額二八万八、二六六円の約束手形金の支払を被告がなしたことは当事者間に争いがないが、他の真正な手形と混同した結果右の支払をした旨の被告の主張に副う被告会社代表者青木淳尋問の結果には相当の信用性が認められるので、右の争のない事実も前記の点を肯認させる徴表事実となるものではない。

しかし、右にふれたように、福田和夫の証言によれば、同人が被告会社代表者から少くともその資金調達に関する代理権を授与され、これに伴って貸付を受けるために必要なときにはその限度で被告会社単名の手形振出の権限を黙示的にせよ与えられていた事実が窺えるので、他の要件の存否について考察する必要がある。

三、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、乙第一〇号証、乙第一二号証、乙第一六号証、乙第一七号証及び乙第一九号証に証人福田和夫、同高野隆司及び同寺田善吉の各証言(但し、高野証人の証言中後記採用しない部分を除く。)並びに被告会社代表者青木淳尋問の結果を綜合すると福田和夫は、自己が偽造した被告会社振出名義の金額二〇万円の小切手一通を昭和四〇年八月五日頃この情を知らない訴外須藤利衛の仲介で割引を受け、この割引金として得た約一五万円を小遣銭等に費消したのであるが、更に同月一三日頃、このような事情で恩義を感じていた右訴外人から融通手形等の貸与方を依頼されたので、無権限で被告会社振出名義の本件手形及び金額二〇万円の小切手を作成して(但し、本件手形の受取人欄を白地にしていた。)これらを同訴外人に貸与したところ、本件手形がどこでも割引を受けられなかったため、同訴外人から、この返還を受けて保管中、訴外高野隆司からこれを保管してやるとの申出を受けたので同人に本件手形を預けたこと、ところで、結局本件手形の受取人としてこの割引をしたのはその記載のように訴外甲斐工建株式会社であるが、同会社は、従来から又その当時にも被告との取引は勿論その代表者青木淳及び福田和夫との面識がなく、右の割引の交渉を訴外の香川七郎との間でしたのにすぎず、割引金を交付したのも同訴外人に対してであって、しかも本件手形が真正なものであるか否かについて被告会社に照会するなどの確認手続を履践しなかったこと、これらの事実を認めることができる。証人高野隆司の証言中右の認定に反する部分は弁論の全趣旨に徴して採用できず、他にこれを動かすだけの証拠はない。

右の事実と本件手形(甲第一号証の一)に福田和夫の代理名義が顕われていない事実とからすれば(福田和夫が本件手形を振出したことを無権代理行為であると見るよりはむしろ偽造というべきであり、このような場合には、もともと表見代理に関する諸規定の適用を問題とすべきではないといえなくもないが、学説の岐れているところなので右の理由で結論づけることをしばらく保留することとしても)訴外甲斐工建株式会社は、福田和夫に本件手形振出の代理権があると信ずべき正当の理由を有するものではなく、又同人の代理権が消滅しているかどうかの点についての知、不知を問題とする余地もないといわなければならず、従って爾余の判断をするまでもなく、本件について民法第一一〇条ないし第一一二条を適用することはできないこととなる(なお、原告は原告自身についても右の正当理由があると主張するが、いかなる意味においても本件手形振出の相手方とはいえない原告についてこの点を論ずる必要はない。)。

よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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